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埋め立て


横浜は、その殆どが埋め立てによって得られた土地で発展した。
古くは吉田新田、最近ではみなとみらいと言えば解りやすいだろう。

関内地区はまさに昔の埋め立て地区だから、古い建物の下には想像を越える量の基礎がうたれている。
山下公園は、関東大震災ででた諸々のゴミ(というか、破壊された建物というか)を埋め立ててできたもの。
そんな風に海を狭めながら今の横浜は出来上がっている。

現在、進められているこの南本牧埋立地は、家庭ゴミの焼却灰を使った埋め立てで、
年々増えるゴミのカスがここに集められている。

空から見ればまだ、埋める場所があるように見えるけれど、
横浜市の環境事業局に言わせればここが最後の砦だとか。
いっぱいになれば、ゴミの灰を持っていく場所はない・・・

消費する事で発展を続けた経済は、その根底の仕組みが崩れた瞬間から消費できない社会を招く事となった。
消費が落ち込めばゴミは多少減るだろうが、無くなるわけではない。
根本的な解決方法を探すための時間が、少し増えただけの事なのだ。

新しい物が買えなければ、古い物を大切に使えば良い。
リサイクルも良いが、使える物を長く使う事が第一だと思う。

しかしモーターサイクルを例にとれば、消費型の発達をした結果、
長く乗るための準備が追いついていない。

伝統や文化を大切にするイギリスでは、古いモーターサイクルのパーツを供給する業者がたくさんいると聞く。
その国を手本とした日本では現在、パーツはおろかその技術さえもが、
失われつつあると感じるのは、私だけだろうか?

伝統技能や技術というものは、ある意味で文化そのもの。
「儲からない」という解りやすい理由でその伝承を敬遠する行為は、
結局その文化自体を否定する行為になってしまう。
日本社会が「経済発展」という名の下に、文化の意味をはき違えた証拠だ。

私腹を肥やす前に、自分達の文化を大切にしようとする政治家がいないのは、
最終的には選挙民である私達の責任でもある。


空から見ると、それでも消費型の経済を維持しようとする姿に見える、「横浜」。
緑が少なく、高層の住居が増えていくこの街が、私の生息地なのだ。



                       Text and Photo by H.Wakao

 
 
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