酔っぱらいの与太話
街の喧噪のなか、道ばたに落ちている財布が、 何故か誰の目にも留まらず、一人きりで主人を待っていた。 そんな所にいても、どうにもならないよ・・・と、気がついた私が声をかける。 しかし、返事はない。 仕方がないので、拾い上げ中身を見ると、数万円の現金にクレジットカードや会社の社員証まで・・・ 何を喰ったらそんなに太るんだと言われんばかりの太さは、どうでも良い領収書の類やらで造られた物。 しかし、明らかに素人さんの財布だから、そのまま置き去りにしたり追い剥ぎをするわけにもいかなくて、 私のもっとも嫌いな集団の窓口へ連れて行くことにした。 今宵は長いカウンターのあるバーで、105プルーフのミッチャーズをベースにしたマンハッタンを、飲むはずだった。 禁酒法時代に不味いアルコールを誤魔化して飲むために発達したと言われるカクテルの中でも、 マティーニとマンハッタンはスタンダードとしての地位を不動のモノとしている。 ジンベースのマティーニは、エスカレートするとカクテルと言えなくなるほど、ジンの濃度が高くなる。 それを粋がって立て続けに干せば、腰から下だけが泥酔して悲惨な事にしかならない。 そんな話をバーテンダーにした時、これは・・・と勧めてくれたのがミッチャーズ・マンハッタンだった。 (ミッチャーズは、テネシーウィスキーに属するバーボンだったと思うが、現在入手困難) 七里ヶ浜の「JJモンクス」で出されたそれは、ウイスキーベースのカクテルが美味しいモノだと、 認識させるに足るだけのハーモニーを奏でていた。 バーテンダーは、 「横浜の「ウィンドジャマー」で修行し、サーフィンがやりたくて波の見える場所に店を持った」 と、言っていた。 そんな事をふっと思いだし、本家で飲んでみようと行ってみたら、 生憎その日はウェイティングが出るほどの盛況だった。 (ウィンド・ジャマー:カクテルレシピ4000種と豪語する店、 ロンリコ151を使った「ジャック・ター」(水夫)の発祥店としても有名。 ミッチャーズ・マンハッタンもちゃんとメニューに載っている。) しかたなく系列の「ケーブル・カー」でも飲めるだろう・・と出かけたのだが。 無粋な集団の中で哀れな迷子に色々尋ねてみると、中から小さなビニール袋に入った白い粉が出てきた。 まるで水谷豊のように、「あらららら〜、これは何だ〜」とわめく警官。 そして私服の刑事が出てくるは、麻薬課の担当が呼ばれるは、の大騒ぎに巻き込まれた。 この場合、親切心で財布を連れてきた私は、無力だ。 呆然と、事の成り行きを見ているしか、許されない。 やがて、麻薬担当らしい私服がやってきて、まるでテレビのように小指に白い粉をつけて嘗める。 証拠物件に触るなよ・・・と、心の中で呟く。 (「ボーン・コレクター」を読んだばっかりだから、尚更そう思うのだろう。) 証拠を破壊しちゃ意味が無いと苦笑しながら見ていると、 「うぅ〜ん....これはコカインだな。」 と自信たっぷりと言いやがった。 この場合仮の保護者である私は、それが正当に自分の物でない事を証明しなくてはならないらしい。 社員証等の明らかに所有者と解る数々の物があったとしても、自分がそのビニール袋を入れて出したと言われたら、 それに対抗する証拠が必要になるわけだ。 幸いにもビニール袋には気が付いていなかったから、袋に私の指紋はついていない。 しかし、どこでどうやって哀れな財布を保護したかは、現実にその粉が覚醒剤だった場合、 裁判所で申し開きする必要があるかもと、無責任な制服のオヤジが言い放った。 酒を飲む気も失せ、歩いて帰る事にした。 親切が仇になるとは、哀しい時代だ。 古い時代に染みついた倫理観なぞ、現在の殺伐とした世の中には通用しないらしい。 突然切れてナイフで斬りかかる小僧や、仲間内でもみ消す事が慣例になっている警察。 何も信じられない時代には自分だけを信じて生きていけば良いと思うが、 そのためには無関心に徹して生きるしかないのだろうか・・・。 その夜、薬物としての反応が出たという連絡があった。 しかし、何の薬物であるかはまだ特定されていず、詳しくわかり次第もう一度連絡をくれる、という事になる。 だったら、完全に解ったところで連絡しろよ。 気になって寝られないじゃないか・・・と悪態をつきながらも、メラトニンという薬物に頼ってグッスリ眠った。 (メラトニン:脳内物質の一種、当初若返りの薬として名を馳せるも、 優れた睡眠誘導効果にジェットラグ対策薬として重宝されている) 翌日、警察より連絡があった。 「昨日の薬物が特定されました。」 「やっぱりアレでした?」 「いえ、あれは粉末のバイアグラでした。 よかったですねぇ〜」 おいおい、紛らわしい持ち方、するなよ。 確かに錠剤で持っているよりは、遊びで使うには面白そうだが。 物事は、決めてかかるとろくな事が無い。 かっこつけた刑事も、騒いだ警官も、この結果には笑ったろう。 しかし、コカインとバイアグラを一緒にすんなよ。 もしあの粉が、青酸化合物だったらどうすんだ? 下手すりゃ、殺人事件に発展するだろうが。 (こういう場合、化学系の学校を出ている人間は、つい毒物を先に想像する) という話を、妹から聞いた。 あんまり面白いので、作文してみた(笑)(もちろんかなり脚色したが(爆)) 酔っぱらって家へ帰る道は、こんなくだらない情景を想像しながら千鳥足で歩む至福の時。 だから当分、徒歩通勤はやめられそうにない。 (雨降ったら、即やめるが(爆)) 横浜市中区辺り Text and Photo by H.Wakao