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日記的雑感
 
 
 

満月 - 第6回横浜飛天双○能パンフレットより -


「さて、出かけます・・」

「どこへ?」

「海」

「また?」

「いい天気じゃん」

「もう夜中の11時だよ?」

「だからいいんじゃん」


ドスッと鈍い音と共に、腿から痛みが駆け上る。


「痛てっ・・蹴るなよ・・・」

「そんなに一人で、で・か・け・た・い・の?」

「バイクの後ろ嫌い、じゃん・・・」

「そんなに私を一人きりに、し・た・い・の?」


ニコッと笑った彼女がグローブを投げつけた。



「気をつけてね」

「ああ・・・・
 着いたら電話するネ」

「寝てるよ〜ダ」


過去、彼女が寝てた事は無い。
だからとても心配している事はわかっているが、
夜の海岸線、とくに月夜の晩に走る魅力には抗えない。

しかも今日は、満月なのだ。



初めてバイクに乗った時、私はまだ高校生だった。

何故生きているのか・・・・
何のために生きているのか・・・・
そんな答えなんて出ない疑問に立ち向かい、
ただただ自分の無力さを感じていた頃だった。

未体験の速度で走り、未知の世界を突き進むバイク。
それは、身動きのできない心を救うかのように、非日常への門を開いて見せる。
しかし、身を守る装置など皆無に等しい乗り物に乗れば、
一瞬先の危機、もしくは「死」を感じないわけにはいかない。

高校生の私は、生きる意味やその目的を見つけられなかったが、
今生きている実感その物は、バイクで走る事によって得られたのだ。

そのバイクとのつきあいは、すでに25年を超えた。



バイクと一体になって走り、ギリギリまで自分を追い込む。
そんな快感と恐怖感の入り交じる行為は、五感を刺激し、フルに使わせるように働く。
例えば、風を読み、音を聴き、匂いを嗅いで変化の兆しを探すように。

しかしそれは、人間が自然ともっと密接だった頃、生きていく術として当たり前に行う事だった。

そんな術を無意識に使わせるのは、バイクという乗り物が持つ「危うさ」かも知れない。
そして、それこそが魅力だと、私は確信している。



そんな「危うさ」が好きでたまらないメンバーが多く存在するMC KENTAUROSでは、
複数のバイクを同じ速度で走らせる事は、極端に少ない。

それは、自分のペースで走らない行為がいかに危険な事かを、よく知っているからだ。

だからMC KENTAUROSのツーリングは、現地集合現地解散となる。



濃紺の空に、青白く輝く月。
その光は想像以上に明るく、景色は独特な世界として目に映る。

美しい・・・・と言うべきか、艶やか・・・と言うべきか。
バイクで走る時には、格別な景色が見えてくるのだ。

それが見たくて、良く晴れて月が満ちている深夜に、プラッと走る事が多い。
そんなクセが付き始めた頃、MC KENTAUROSの「満月ツーリング」を知った。


「満月の夜に、長者ヶ崎に来い。 運がよければ良い事があるぞ。」

と大将に声をかけられて、満月の晩の美しさを知っていた私は、
ルート上にそこを通過点として設定した。


でも、良い事って何だろう・・・・





神奈川県三浦郡葉山町
長者ヶ崎

駐車場脇より階段を下りると、小ぶりの砂浜がある。

スピードによって爪先立った感覚を引きずって、潮騒が優しく聞こえる波打ち際を歩く。
汐の香りを楽しみ、砂の柔らかさを確かめる。
余韻を残しながら、クールダウンさせられてゆく心と身体。
この、切り替わってゆく過程がまた、気持良い。

自然に包まれる事はとても贅沢な事だと、しみじみ思う。


浜には篝火が用意され、深夜にしてはかなりの人が来ていた。
そしてそこに大鼓を持って登場したのが、大倉正之助だった。


かけ声と大鼓の音が木霊を伴って響き渡り、風によって巻き起こる草木のざわめきと、
穏やかな潮騒が調和を見せて聞こえる。
そのハーモニーを聴きながら月を見上げると、何だか魂が揺さぶられるように感じた。

目を瞑って、囃子に集中してみると、その声がバイクの音に聞こえる。
900ccクラスのカワサキが出す高回転のエンジン音に。

バイクに乗っているからそう聞こえるのか、
彼自身がライダーだから、そんな音階を導いてしまうのか・・・。
いずれにしろ、そんな共通点を見つけて、余計に好きになってしまった。

いい事って、これの事か・・・・



その日以来私は、満月が輝く夜、時間が許す限り参加し続けた。




「最初はいつも挑戦だったが、始めて3年も経った頃、ふわっと・・・、
 まさにふわっと「自然」に受けいれられた。」

浜で海を背に大鼓を打つ。
その音は自然の音と一緒になって、その日だけの音になる。
かけ声がかかる。
それは大鼓の音に負けない、通る声。


「一体化する事。
 自然を呼び込み、呼ばれるように・・・・。」

彼がポツリと語ってくれる言葉を、素直に理解できるのは何故だろう。

私に解る事は、その場の空気と満月が作り出す風景と、正之助の大鼓の音が、
その日の何かを、心に与えてくれる事だけだ。





「今度、強引に連れて来ようかな」

「誰を〜?」

「ウェッ!・・・何でオマエが、此処に居るんだよ?」


見慣れた顔がそこにあった。
家でうたたねしているだろう・・と思っていた、彼女の顔が。



「前からこっそり覗きに来てたの。」

「・・・何で黙ってたんだよ」

「君があんまり楽しそうに話していたから・・・でしょ」

「だからって、黙ってなくてもいいじゃん。」

「最初に来た時、もう演奏が始まってたから上の駐車場で見てたんだけど、
 大鼓の音が凄く良く聞こえるのにビックリしたのね。」

「下に降りてくれば良いのに・・・」

「そう思ったんだけど、月が明るくて海が綺麗に見えて、
 何だかその場所を動きたくなくなったのよ。
 下行っても、知り合いはいないしね。」
 
「浜で聴けば、もっと素敵だよ。
 月も余計に輝いて見えるんだよ・・・・。」

「君の言ってた事、なんとなく解った気がしたんだ。
 一人で走る楽しさも、月夜の綺麗な景色も、
 正之助さんの囃子の凄さも、全部があって気持ちイイナって・・・ね。
 でもこれって、君のバイクで行ったら面白くないかな、とも思ったの。」

「バイクの方が絶対気持いいって」

「運転してるならね」

「そんな事ないって・・・」

「自分一人で車を運転していて、そう思った。
 この綺麗な風景は一人がイイって。
 だから、一人で走らせてあげたのよ・・・」




ツーリングに華を添えるつもりで始まったであろう正之助の演奏は、
すでに15年近く続いていると聞く。
そして、この演奏は自然の中で演奏されてきた囃子を原点に戻し、
現代の形とは違う何かを、彼の中に生んだと信じている。

それは、満月の夜に出会えれば解る。
参加者も月も、正之助の大鼓も、そして全てが一期一会なのだという事も。


                            文・写真 若尾 久志
                            「某若夢話」http://www.wakao.info/

 
 
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